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第3話 残響-1

last update publish date: 2026-11-02 15:03:41

……あたたかい。

柔らかな寝具に包まれながら、私はゆっくりと目をこする。薄いカーテン越しに、朝の光が差し込んでいる。

ふかふかの枕に頬を寄せると、清潔な布の優しい香りがした。

こんなに深く眠れたのは、いつ以来だろう。もう少しだけ、このままでいたい。

何も考えず、ただ微睡む。それが、ひどく贅沢なことに思えた。

ふと、違和感を覚えた。

私の寝台は、こんなに柔らかかっただろうか。

私は身体を起こし、あたりを見回した。

見上げた天蓋には、見覚えのない繊細な刺繍が施されていた。

窓も、家具も、壁の色も、何もかもが、私の部屋とは違っている。

「……あ」

一瞬にして、眠気が吹き飛んだ。

そうだ。

ここはエルシアではない。

昨日、私はヴァルガ王国へ嫁いできたのだ。

白い棺。冷たい銀の首輪。重い蓋が開いたとき、私を見下ろしていた赤い瞳。

ゼルハン陛下。

「……っ!」

私は慌てて身体を起こした。

昨夜、あの方は確か、この部屋にいらっしゃったはず。

急いで隣に目を向ける。

けれど、そこには誰もいなかった。

寝台の周囲を見回し、昨夜彼が休んでいた長椅子へ視線を移す。

きれいに畳まれた毛布が、一枚。人の姿はなかった。

私は寝具を握りしめた。

一国の王の寝室で、こんな時間まで眠り込んでしまった。しかも、部屋の主がいなくなったことにも気づかずに。

どうしよう。とても失礼なことをしてしまったに違いない。

「……落ち着かなくちゃ」

小さく息を吐き、乱れた寝具を整えようとした。

そのとき、胸の奥がちくりと痛んだ。

「……っ」

思わず手を当てる。ほんの一瞬の痛みだった。

けれど、胸の奥に何かが引っかかっているような、奇妙な息苦しさが残る。

私はしばらくじっとしていた。

……五日間も棺の中にいたのだから、まだ身体が弱っているのだろう。

そう自分に言い聞かせたところで、扉が控えめに叩かれた。

「失礼いたします。姫様、お目覚めでしょうか」

「はい」

入ってきたのは、栗色の髪を結い上げた若い侍女だった。

彼女は私を見ると、にこりと微笑んだ。

「おはようございます。私はリナと申します。本日より、姫様のお世話を仰せつかりました」

「シェリアです。よろしくお願いします」

そう言って頭を下げると、リナは驚いたように目を丸くした。

「ひ、姫様、どうか頭をお上げください」

「え?」

「私などに、そのような……」

慌てる彼女を見て、私は戸惑った。

エルシアでは、侍女に礼を言っても返事がないことが多かった。まさかこんなふうに恐縮されるとは思わず、言葉に詰まる。

「……ごめんなさい」

「謝らないでくださいませ!」

リナはますます慌て、それから困ったように笑った。

「陛下がおっしゃっていたとおりですね」

「……陛下が?」

「はい。姫様はすぐに謝ってしまわれるから、どうか安心して過ごせるように、と」

私は言葉を失った。

昨日、出会ったばかりなのに。彼は、そんなところまで見ていたのだろうか。

「それから、お目覚めになったら温かいお食事をお出しするようにと。お身体に負担のかかることは、決してさせないよう申しつかっております」

「……陛下は、どちらに?」

「早朝から執務室に、現在はおそらく鍛錬場にいらっしゃいます」

「そう、ですか」

目覚めて彼がいないことを少しだけ残念に思った自分に気づき、戸惑った。そんな感情を抱いた自分を、心の中でそっと戒める。

王には、果たすべき務めがある。

私のような者に構っている暇など、本来はない。

「では、お食事をお持ちいたしますね」

リナが部屋を出ていく。

私は寝台から降りようとした。その瞬間だった。

「……っ!」

視界がぐらりと揺れた。

咄嗟に寝台の柱をつかむ。

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。息を吸おうとしても、うまく入ってこない。

「……どうして」

私はしばらくその場に立ち尽くし、ようやく落ち着いてから、ゆっくりと腰を下ろした。

きっと、長旅でまだ身体が弱っているのだ。

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